テスト投稿 その3

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 君に別れてから、もう一月(ひとつき)の余になる。早いものだ。この分では、存外容易に、君と僕らとを隔てる五、六年が、すぎ去ってしまうかもしれない。
 君が横浜を出帆した日、銅鑼(どら)が鳴って、見送りに来た連中が、皆、梯子(はしご)伝いに、船から波止場(はとば)へおりると、僕はジョオンズといっしょになった。もっとも、さっき甲板(かんぱん)ではちょいと姿を見かけたが、その後、君の船室へもサロンへも顔を出さなかったので、僕はもう帰ったのかと思っていた。ところが、先生、僕をつかまえると、大元気(だいげんき)で、ここへ来るといつでも旅がしたくなるとか、己(おれ)も来年かさ来年はアメリカへ行くとか、いろんなことを言う。僕はいいかげんな返事をしながら、はなはだ、煮切らない態度で、お相手をつとめていた。第一、ばかに暑い。それから、胃がしくしく、痛む。とうてい彼のしゃべる英語を、いちいち理解するほど、神経を緊張する気になれない。

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見ると、いつも立て切ってあるKと私の室(へや)との仕切(しきり)の襖(ふすま)が、この間の晩と同じくらい開(あ)いています。けれどもこの間のように、Kの黒い姿はそこには立っていません。私は暗示を受けた人のように、床の上に肱(ひじ)を突いて起き上がりながら、屹(きっ)とKの室を覗(のぞ)きました。洋燈(ランプ)が暗く点(とも)っているのです。それで床も敷いてあるのです。しかし掛蒲団(かけぶとん)は跳返(はねかえ)されたように裾(すそ)の方に重なり合っているのです。そうしてK自身は向うむきに突(つ)ッ伏(ぷ)しているのです。
 私はおいといって声を掛けました。しかし何の答えもありません。おいどうかしたのかと私はまたKを呼びました。それでもKの身体(からだ)は些(ちっ)とも動きません。私はすぐ起き上って、敷居際(しきいぎわ)まで行きました。そこから彼の室の様子を、暗い洋燈(ランプ)の光で見廻(みまわ)してみました。

 Kに対する私の良心が復活したのは、私が宅の格子(こうし)を開けて、玄関から坐敷(ざしき)へ通る時、すなわち例のごとく彼の室(へや)を抜けようとした瞬間でした。彼はいつもの通り机に向って書見をしていました。彼はいつもの通り書物から眼を放して、私を見ました。しかし彼はいつもの通り今帰ったのかとはいいませんでした。彼は「病気はもう癒(い)いのか、医者へでも行ったのか」と聞きました。私はその刹那(せつな)に、彼の前に手を突いて、詫(あや)まりたくなったのです。しかも私の受けたその時の衝動は決して弱いものではなかったのです。もしKと私がたった二人曠野(こうや)の真中にでも立っていたならば、私はきっと良心の命令に従って、その場で彼に謝罪したろうと思います。しかし奥には人がいます。私の自然はすぐそこで食い留められてしまったのです。そうして悲しい事に永久に復活しなかったのです。

 私は仕方がないから、奥さんに頼んでKに改めてそういってもらおうかと考えました。無論私のいない時にです。しかしありのままを告げられては、直接と間接の区別があるだけで、面目(めんぼく)のないのに変りはありません。といって、拵(こしら)え事を話してもらおうとすれば、奥さんからその理由を詰問(きつもん)されるに極(きま)っています。もし奥さんにすべての事情を打ち明けて頼むとすれば、私は好んで自分の弱点を自分の愛人とその母親の前に曝(さら)け出さなければなりません。真面目(まじめ)な私には、それが私の未来の信用に関するとしか思われなかったのです。結婚する前から恋人の信用を失うのは、たとい一分(ぶ)一厘(りん)でも、私には堪え切れない不幸のように見えました。